青天の霹靂 (幻冬舎文庫)
『晴天の霹靂』作品の何の知識がないまま映画館で感動した事を以前お伝えしたのが、『青天の霹靂 劇団ひとりの才能開花 これぞ笑って泣ける究極の映画』 です。

今回は、読書感想としての『晴天の霹靂』ですが、劇団ひとりさんの小説は『陰日向に咲く』よりファンになっており、非常に期待して読み始めたのです。

晴天の霹靂 ぺぺさんチンさんがいないよ!!

小説『晴天の霹靂』ネタバレになりますが、大まかなあらすじは同じです。現在の状況に生きる意味を失った主人公が、雷に打たれて、自分の誕生秘話を目撃するという展開は映画と同じですが、映画の駄目親父チンさんは登場しないのです。

もっと正確に言いますと、親父の正太郎は登場しますが、酒、タバコ、ギャンブルもしないし、ろくでもない親父というよりは、むしろ不器用で苦労人という設定なのです。見方によっては、物足りないかも知れませんが、かなり良い父親です。そうなると晴夫が父親と疎遠になる意味が理解しずらいのです。映画版程、晴夫に共感出来なくなってしまいました。

また、映画館を爆笑の渦で包みこんだ、伝説の名シーン、ぺぺさんチンさんの喜劇も存在しないのです、しかも晴夫の芸名は、チャム・ポンです。断然、映画の方がしっくりきたので、この部分は残念ですね。

 

晴天の霹靂 映画と小説 異なる点

もう少しだけ、映画と小説の違いです。小説では、悦子の父親や姉といった映画には出てこなかった登場人物も出てくるのですが、映画を先に観てからの感想としては、映画版に登場しなくて正解です。

悦子の父親は、小説版では大事なキーマンだったりするのですが、物語の本筋とはちょっと違うので、登場人物を増やさず、その分、晴夫の両親、悦子と正太郎の関係に重点をおいた映画版の方が好感を持てますよ。

登場人物を削ってよくなったのは、映画『陰日向に咲く』の時とは逆です。『陰日向に咲く』は、オムニバスストーリーなので、複数の人物がところどころで間じ合う様が素敵だったのに、映画ではその良さがほとんどカットされているのです。その経緯があったので、劇団ひとりも今回監督を自分でする事になって小説版をほぼ完全映画化にしたのかと思っていたら、むしろ小説版の内容を大きく変更していたので、驚きです。

しかし、映画版『晴天の霹靂』では、登場人物を厳選する事によって、より濃密な世界感が誕生しています。その他にも、あまり書くと本当にネタバレになってしまうのですが、小説版と映画版、登場人物もその個性もだいぶ変わっていますね。

 

晴天の霹靂 映画と小説 面白いのは?

先に観たというのがあるかもしれませんが、映画版『晴天の霹靂』には、心が震えましたが、小説版は、さくっと読み終えた感じです。

『晴天の霹靂』おそらく小説版も初めて読めば、映画程の感動は少ないかもしれませんが、それなりに楽しめたと思います。しかし、映画版の笑った後の悲しい結末には、本当に色々と考えさせられました。

小説『晴天の霹靂』も心理描写が優れていて、晴夫の気持ちは伝わってきますが、それが更に昇華され、悦子、正太郎といった親のすばらしさが加味されたのが、映画『晴天の霹靂』ではないでしょうか。本当にお勧めですよ。